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SHORT STORY

Halloween Capriccio

With Kohari Familly

 とある山間部の小さな村。そこにあるこれまた小さな家の中で、1人の少年――否、父親がちゃぶ台に頬杖をついてにこにこしていた。

「流石にこの歳になったら、トリックオアトリートしてこないよなあ。いや、してこられてもいいんだけどね。うん」

 口では子供じみたハロウィンという遊びを否定しながらも、どこか落ち着きのない様子は完全に子供に甘い父親のそれだった。

 彼が視線を部屋の入り口に向けると、まるでそれを待ち構えていたかのように扉が開く。そこからは父親と同じくらい小柄の少年少女が飛び出してきた。

「親父!」

「お父様♡」

「パパー!」

 父親の子供である双子と末の妹が、めいめいに父に呼びかける。そして3人は口を揃えて言う。

「「「トリック オア トリート!!! 」」」

 3人の声に驚くこともせず、寧ろまるで待ち構えていたかのように喜色を顔中に浮かべた。

「お菓子くれなきゃ」

「イタズラしちゃうよ?」

「お菓子♪ お菓子♪」

 長男である彰良が口火を切り、灯里がその後を追い、末っ子の璃々が歌うように節をつけて父親に甘味をねだる。

「お、来たな。お前たち」

 父親である斎は立ち上がり、ちゃぶ台の下からビニール袋に入ったかりんとうとお煎餅の詰め合わせを引っ張り出した。立ち上がったといえど、先日長男の彰良に身長を抜かされてしまった斎に父親らしい威厳は、見た目からは感じ取りにくい。

 けれども、父親は父親である。3人は素直にお菓子を受け取って口元をほころばせた。

「璃々はともかく、彰良も灯里もいつまで経っても子供だな」

 

 もう5年も経てば成人に手が届く年になるにも関わらず、やることは末っ子の璃々とどっこいどっこいであるというのが斎の見解であった。

 早速かりんとうをぼりぼり食べ始めた彰良を見ながら、斎は人の悪い笑みを浮かべる。

「来年から灯里と彰良は、父さんと追いかけっこして捕まえられたらあげるということにしようかな?」

「えー!?」

「そりゃないぜ親父!!」

 灯里が猛抗議の声をあげ、彰良がそれに便乗する。

 追いかけっこなどというと一見聞こえるが、山育ちでありこの村一帯の長でもあり、ついでに武術にも秀でている斎を捕まえるのは至難の業であった。
 今でさえ、2人には追いかけっこで負けるということはないだろうと斎は自負している。

「お父さん速いんだから勝ち目ないよ」
「いや、二人で罠を仕掛ければあるいは……」

 唇を尖らせる灯里に、彰良が来年の作戦を早速提案する。灯里はお煎餅をばりんと歯で割りながら、眉を曇らせた。

「でも罠の技術だって絶対熟知されてるよ。そんなの」
「絶対」
「「燃えるじゃん!」」

 まるで鏡合わせのような双子の息ぴったりの発言に、斎はやれやれと笑ってみせた。
 すると、そんな兄姉の言葉を聞いていたのか、璃々がかりんとうとお煎餅を両手に持ちながらぴょんぴょんと跳ねながら会話に加わる。

「追いかけっこ? りりもっやりたいっ」
「「…………」」

 ただでさえ小柄な斎、彰良、灯里よりも更に小柄な璃々は、その身長同様年齢も幼い。まだ斎と双子の本気の追いかけっこに参加するには危険が過ぎるというものだった。
 何しろ、この親子の追いかけっこは罠あり、奇襲あり、時に格闘技ありという物騒極まりないもなのだから。

「璃々を危険に晒すわけには……」
「行かないわね……」
「親父~~! 璃々に免じて」
「来年からも普通にちょうだい♡」

 代わる代わる双子たちにねだられてしまい、斎はやれやれと肩を竦ませた。

 まったく、悪知恵だけはよく働く双子である。親の顔が見てみたいと思い、それは自分だったなと思い直す。

「お前たち、璃々にかこつけて自分が楽したいだけだよな……。しょうがない、璃々にあわせた追いかけっこにするよ」
「「やったーー♡ 」」

 

 ぱちんとハイタッチを交わす灯里と彰良を見て、斎は自分はとことん子供に甘いなあと思う。特に、璃々に対しては妻が最期に頼んだ娘ということもあってついつい甘やかしてしまう。彰良と灯里も璃々のことをとりわけ可愛がっているし、璃々はまさに小張家の秘蔵っ子でありお姫様であった。

「璃々に合わせたレベルなら超絶余裕」

「完全に勝つる……!!」

「勝つのー? わーい」

 灯里がガッツポーズを決め、追って彰良も灯里と顔を見合わせて勝ったも同然の勝利に笑みをこぼす。唯一、話の流れがよくわかっていない璃々も、暢気に万歳の形で手をあげた。
 3人の子供たちの来年の勝利を祝すポーズを見つめながら、斎は父親としての自分の立場を思い出す。そして、台所に向かいながら3人に声をかけた。

「ほらほら、今日は折角だしかぼちゃスープでも飲んで温まろう。ちょっとは料理も手伝ってくれよ?」
「あきにい、あかねえ、お手伝いだってぇ」
「「璃々に言われちゃしょうがないな(わね) 」」

 早速お菓子を持ってそろそろと自室に戻ろうとしていた2人は、璃々に呼び止められて立ち止まった。どうやら彼らとしては、3時のおやつを自室でゆっくり味わうつもりだったらしい。ついでに、明日はどんな罠を作ろうかなどと考えていたのだろう。

「彰良、灯里、璃々に言われなくても手伝いぐらい、自分から、すすんで、やるように!!」
「「ぶーぶー」」

 普段は子供たちに甘い父親に厳しく言われて、2人はそれぞれほっぺを膨らました。それが面白かったのか、璃々はてててと彼らに近寄り膨らんだ風船で指でつついてしぼませる。

「璃々、怪我しないように注意するんだよ。彰良、灯里、2人は外からかぼちゃを持ってきてくれ」
「しょうがないなあ」
「はあい」
「ごっはん、ごっはん♪ かっぼちゃのすーぷ!」

 お菓子をちゃぶ台の上に置きなおし、彰良と灯里は父親の後をついていく。その後ろを、独創的なダンスを踊りながら家のお姫様がついていくのだった。

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