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SHORT STORY

Halloween Capriccio

With Laid and Chunmei

 自分の仮初の住まいから顔を覗かせる。薄い金色の髪が秋の夜風になびいた。
 だが、普段は静かな通りも今日はどこか騒がしい。子供のはしゃぎ声が風に攫われて大通りから遠いこの家にもはっきりと聞こえた。

「……だいぶん浮かれてる奴が多いな。ああ、今日はあの日か」

 彼の独り言に気がついたのか、本来のこの家の主が同じく窓辺にやってくる。ロンドンにしては珍しい、東洋系の顔立ちの少女は青年と同じように通りを見下ろした。

「どうせ俺は、普段の格好から吸血鬼みたいとか思われてるんだろうな。外れじゃないが」
「吸血鬼? あぁ、確かにそんな格好だっけ。でもレイドはレイドだろ?」

 皮肉交じりに呟いた自虐の言葉を聞き、少女は彼について知っている自分の知識を紐解く。そして、見つかった事実をそのまま彼にぶつける。
 レイドと呼ばれた青年は少し目を見開き、鉄面皮の表情をほんの僅か綻ばせた。

「それより、何でみんな変な格好してるんだ? あと、なんか言ってる」
「……今日は、子供達が仮装してお菓子をねだり、お菓子がなかった家や人には軽い悪戯をしてもいいっていう日だ」

 ロンドンっ子でなくても、ハロウィンのことは最近はよく知られている。隣に立つ少女――チュンメイはどうやらそれらの類の行事についても疎いようだった。

「あいつらが言っている言葉……トリックオアトリートは、お菓子をくれなきゃイタズラするぞって意味で言っているんだ」
「ふーん、そっか。仮装ってことは普段と違う格好をしなきゃいけないんだな」

 チュンメイはわかったのかわからなかったのかはっきりとしないような返事をする。窓辺から離れ、自分の箪笥を開きながら彼女は自分なりの仮装を探し始めた。

「でも僕、服そんなに持ってないし……これでいっか」

 彼女が箪笥の隅から引っ張り出してきたのは、白い上着だった。金色のブレードで縁取りがしてあるそれは、彼女が今着ているものよりずっと高価そうに見える。
 だが、レイドはその服の意匠を見てあからさまに嫌悪を顔に出した。服に視線を落としていたため、彼の表情の変化に気づかなかった彼女が尋ねる。

「着替えて、家々を回ればいいのか?」
「……待て。その格好で出歩いたら色々目立ちすぎるだろう」

 いそいそと上着を脱ぎ始めて肌着姿になったチュンメイは、レイドに静止されて着替えの手を止めた。彼女は言われた通り、自分の普段着と白い礼装を見比べる。

「そうなのか? まあ、普段着ないしな」
「それに、あちこち回らなくてもまず言う奴がここにいるだろうが。……ったく」
「レイドに言うのか? じゃあ、トリックオアトリート。お菓子なんか持ってるのか? お前」

 チュンメイは上着を横に抱えながら、自分の前に立つ青年にハロウィンの常套句を告げる。だが、チュンメイが示した疑問は正鵠を射ていた。普段から食事すら必要としていないだろう彼が、お菓子など持ち歩いているわけがなかった。

「……持ってない。だから、チュンチュンには俺に悪戯する権利があるわけだが。さて、どんな悪戯をしてくれるんだ?」

 肌着姿で寒さを覚えたのか、チュンメイは小脇に抱えていた上着を羽織る。羽織ながら、レイドに問われた内容を彼女なりに咀嚼していく。
 普段はほかの人間のように表情をころころ変えない彼だが、今ばかりは所謂楽しそうな表情をしている。いたずらをされるのが楽しみなのだろうか。

「うーん……じゃあ」

 チュンメイはレイドから離れて、自分の部屋の扉の影に隠れる。レイドからは丁度死角に当たるところだった。

「レイドー、こっち来い」
「……いったい何をする気なんだ?」

 彼女に呼びかけられて、レイドは警戒することなくそちらに近づく。すると、不意に「わっ!」という声と共にチュンメイが彼の目の前に飛び出してきた。
 レイドはわずかに目を丸くする。だが、彼は決してチュンメイの挙動に驚かされたわけではなかった。

「……びっくりしたか? いたずらってこんなことでいいのか?」
「いたずらなんて、そんなものでいいだろう」

 言われたら答える。命じられれば応じる。

 何かを自発的にやろうとすることがあまりないようで、人形のような人間だと思っていた。そんな彼女が、彼女なりに驚かせようとした。レイドにはそのことのほうが、むしろどんないたずらよりも驚きだった。

 だが、彼はそれを口にすることはない。ただ、からかうような笑みを僅かに口の端にのぼらせるだけだった。

「じゃあ、お返しだ。チュンチュン、トリックオアトリート。お前の方は用意してるのか?」
「僕もお菓子は持ってないな。レイドも悪戯していいぞ?」

 軽く両手を広げて、彼女はレイドの前に立つ。その姿を見て、レイドは暫し絶句した。自分から振っておいてなんだが、いきなり悪戯してもいいと言われると面食らってしまうのだ。
 目を軽く閉じ、小さく息をつく。そして彼は、手を持ち上げてチュンの額に軽く指で弾いた。いわゆるでこピン、というやつである。

「あいたっ」
「この程度でいいだろう。死徒にイタズラしていいなんて、軽々しく言うものじゃない」
「うん」

 反射的に返される肯定の言葉を聞いて、本当にわかっているのかとレイドは思う。だが、いちいち穿って問いを重ねるものでもない。故にレイドはそれ以上質問をすることはなかった。

「レイド、寒いからもう一個いたずらしたい。コートの中入りたい。くっついてたらあったかそうだ」
「ああ、そういえばそんな季節でもあるな。好きにしろ」

 レイドはコートの裾を広げて、チュンメイが入れるスペースを作った。すかさずチュンメイはコートの中に潜り込む。レイドは軽く彼女の肩を抱くようにしながら、彼女を見た。
 殊更に嬉しそうにしているわけでもない。かといって、とりたてて嫌がっているわけでもない。そのバランスが、今のレイドには心地よかった。

「大体チュンチュンは服を持っていなさすぎだ。人間は死徒以上に暑い寒いを感じるんだから、ちゃんと防寒具くらい買っておけ」
「うん。でも僕、そんなお金持ってないし。こうやってくっついてたらあったかいし、いいかなって」
「……好きにしろ」

 俺がいなくなったらどうするんだ。

 一瞬、言葉が口からついて出そうになり、しかしレイドはそれを否定する。

 自分が彼女より先にいなくなることはない。いなくなるとしたら、彼女の方が先だ。だから、そのときまでは彼女の防寒具役ぐらいは買って出よう。
 そうして2人だけのハロウィンは静かに過ぎていった。

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