SHORT STORY
Halloween Capriccio
With Marga and Chikage 1/2
自分が世話になっている教会の手伝いもあって、千影はその日とある学校に来ていた。
仕事自体はすぐに終わった。だが、仲良くしている学校の子供たちにイベントの一環でお菓子を配り歩いていたら、すっかり当初の帰宅時間を過ぎてしまっていた。それでも、千影にはどうしてもお菓子を渡したい人物がいた。
「トリックオアトリート!!」
不意に声をかけられて千影は振り返る。そこには鼻にそばかすをうっすら浮かばせた赤毛の少女がいた。
「千影さん、お菓子くれなきゃイタズラします! お菓子くれてもしてみたいです!」
「お菓子あげるから勘弁してくれよ。でも、リズってそんなにイタズラ好きだったっけ」
そこにいたのは、千影が何度か顔を合わせているリーゼロッテという少女だった。海外から日本に来ているらしい彼女は、保護者代わりに来ている彼女の姉とあわせてよく話をしている。
「私がイタズラするんじゃなくて、お姉ちゃんにイタズラしに行ってもらうよう頼みますから!」
「リズ、待ってくれ」
「お姉ちゃんなら色々考えてくれると思います。『わっ!』ってさせられます」
ふんすと意気込むリズを見て、ぽんぽんと彼女の頭を軽く撫でる。そうしながらも、リズのいう『お姉ちゃん』を思い出す。いつもにこにこ笑っている彼女のことを思うと、千影は普段の冷静な自分が少し落ち着かなくなるのを否が応でも自覚してしまう。
「その驚きなら別にいいんだけど、いきなり来られると、その、びっくりするから 」
「びっくりさせないと意味ないです。千影さんすぐ逃げちゃいますし」
「逃げるっていうより、その、近いと恥ずかしいだけで……」
少なからず彼女に好意を抱いている千影は、自分の気持ちを持て余し気味であった。彼女を前にすると心拍数が上がり、顔が赤くなるのを自覚してしまう。最初はそんなことはなかったはずだ。けれども今となっては意識してしまうと、すぐにこの体たらくだ。
「リズ、お菓子あげるから勘弁してくれって……」
「むうー。じゃあ、お菓子いらないのでイタズラします」
リズはそう言うと、膨れ面になりながら踵を返して彼女の家族の元へと駆け出してしまった。
「もらう側から拒否されたの初めてだよ!! あと、頼むからマルガを唆さないでくれ!! どうすればいいかわからなくなるから!!」
千影も悲鳴のような声をあげながら、必死にリズの後を追いかけた。
***
千影がリズと追いかけっこを始める少し前、リズの姉――マルガは学校の校門前で1人の男性と話をしていた。
彼の名はハンス。マルガとリズにとっては実兄にあたる。
普段は忙しそうにしているのでなかなか会うこともできないが、今日はたまたま時間を合わせてリズの学校まで来てくれたようだった。
「あら、リズとチカゲが楽しそうにおしゃべりしてる。何話してるか聞こえないけど、微笑ましいわ」
「おおかた、菓子でもたかりに行っているんじゃないか」
そう言われて、マルガは僅かに首を傾げる。そして暫し沈思黙考した後、何か閃いたように「……あぁ!」と声を漏らした。
「ハロウィンだものね。私としたことが、リズの分のお菓子忘れていたわ」
「そうか」
ハンスは言葉少なに、ぶっきらぼうに言う。だが、彼はハロウィンという言葉に反応したかのように後ろ手に何かを隠すような素振りを見せた。
その様子を見て、マルガはくるっと彼の後ろに回りながら彼が隠し持っていたそれに目を留める。
「兄さんは、ちゃんと用意していたのね。あら?」
「こら! マルガ!」
ハンスの叱責など気にすることもなく、マルガは僅かな驚きの表情から茶目っ気溢れる少女の表情になってハロウィンならではの言葉を兄に投げかける。
「……トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃいたずらするわよ?」
「……。ほら、やろう」
ハンスは少し黙った後、後ろ手に隠していた包みをマルガに差し出した。マルガは素直にそれを受け取り、そっと包みを開く。
そこにはふんわりとした丸みを見せた、程よい焦げ目をつけたカップケーキがあった。ただ焼いただけでなく、クリームやチョコレートで飾り付けまでしてある。ただ見ているだけでも気持ちを弾ませるものがあるものだ。
「わー……。カップケーキね」
ややはしたないと思いつつも、マルガはカップケーキをそっと齧る。口の中に程よい甘さがふんわり広がり、思わず笑みが零れる。
「おいしいわ」
「ふん、どうせそれも世辞だろう」
マルガは兄の自虐的な言葉を聞き流しながら、今自分が口にしたカップケーキを見つめた。市販品にはない、均一さにはやや欠ける飾りつけが見える。そこから察するにこのカップケーキは買ってきたものではないのだろう。
「(兄さんったら、これは手作りね。こんな可愛らしい装飾もしちゃって)」
カップケーキの甘さを味わいながら、マルガは校舎向こうで千影を慌てさせている妹を見やる。そして、ちらりと自分の兄の姿に視線を移す。
リズは年の離れた兄のことを、どうやら怖がっている節がある。ハンスが決して愛想のいいタイプの人ではないことも原因なのだろうが、どこか距離を置いているようだった。
「(リズはきっと兄さんがこんな用意しているとは思わないでしょうし、私の分まで用意してくれているとは思わなかったし。あとで耳打ちしておきましょうか)」
「買ってきたものだからな。こういうイベント事にお前らがはしゃいで、よそに迷惑をかけられてはこちらが困る」
「そうね。リズもよそ様にご迷惑かけちゃう前に声かけておくわね」
マルガは、自分の思い付きを少しもにおわせることなく、マルガは千影と追いかけっこをするようにこちらにやってきたリズを迎える。
姉である自分に少し似たそばかすの少女は、頬を僅かに紅潮させて声を弾ませながら実姉に今日のおまじないをぶつけた。
「お姉ちゃん、トリックオアトリート!」
「ごめんなさい、リズ。私は、お菓子用意していなかったからイタズラしていいわよ?」
「じゃあ、お姉ちゃんには後でこしょこしょする! あと、千影さんがお菓子くれなかったから悪戯しに行ってもいい?」
「あらら、チカゲも用意していなかったのね。じゃあ大人しくいたずらされてもらいましょうか」
料理好きで子供好きの彼にしては珍しいことだ、とマルガは思う。
リズはくるくるその場で踊るように回りながら、姉の許可を貰ったこともあり喜び勇んで千影の方に向かおうとした。
しかし、流石に小学生の女の子に負けるほど千影が貧弱なわけではない。あっという間にリズに追いついてきた千影は、何故か頬を朱に染めてリズの肩に軽く手を置いた。
「待ってくれ、渡そうとしていらないから悪戯させてほしいというのはあっていいのか?!」
「……? 用意はしていたの?」
返事も碌にせず、ただこくこくと頷く千影。
彼を見て、マルガはリズが羽目を外して千影をからかっているのだと理解した。
「こーら、リズ。チカゲを困らせちゃだめよ?お菓子もらって観念なさい」
「はーい」