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SHORT STORY

Halloween Capriccio

With Wil and Sakuya

 ばんっと扉が開き、聞こえたのは大音声のそれだった。

「ヴィルー!トリックオアトリート! お菓子くれないと髪の毛ツインテールにするよ!」
「わあ、サクヤどうしたんだい? ああ、ハロウィンだね」

 仮の住まいとはいえ、住人であるヴィルは本来もう少し驚くなり怒るなりをするべきなのだろう。けれども、彼はいつもの如く動揺を見せることもなく闖入者を迎え入れる。
 その闖入者は黒い髪のショートヘアに眼鏡をかけていた。彼女ことサクヤはおしゃれらしいおしゃれはあまりしないのだが、今日はなぜか薄ら化粧を施している。

「えーっと、ここら辺に……あった。はい、僕の故郷のチョコレートあげるよ」
「あ、ベルギーのチョコレート? これって結構いいところのやつじゃない?! 本場ものが食べれるなんて嬉しいなー」
「多分そうなのかな? 僕の友達にもらった物なんだけど」

 サクヤはヴィルが渡した上等そうな装丁のチョコレートの包み紙を、遠慮なくびりびりと破いた。見目麗しい装丁よりも、今は中身の方に夢中のようだ。
 『本場もの』の上等そうな小粒のチョコを躊躇なく口に放り込み、その味を堪能する。単純な甘い苦いを通り越した、複雑な香りと口どけが彼女の舌に夢の世界を広げていく。

「おいしそうだからみんなにもあげようと思って。いっぱいあったからね」
「んー……ん、まあ、いいんじゃない?」

 サクヤはひとしきり上質なカカオの味を堪能した後、ヴィルの言った何気ない一言に瞬時言葉を詰まらせる。けれども、ヴィルはそんなことに気づくことはなかった。

「そういえば、さっき言っていたけれど。……ツインテールって?」
「ん、ツインテールはツインテールだよ。ヴィルって髪の毛長いしつやつやで綺麗じゃない。結んだら面白いかなーって思って」

 サクヤは紙で汚れを拭き取った手を使い、自分のショートヘアを無造作に二束掴んでぐいと持ち上げて見せる。

「そうか、ツインテール。二つくくりのことだね。面白そうだしやってもいいよ?」
「おー……そこは流石に抵抗しようよ、ヴィル」

 ツインテールがおさげのことだと分かったヴィルは、するりと自分の髪留めを外した。普段は緩い三つ編みでまとめられた金髪が、上質な絹糸のようにさらさらと彼の肩を零れ落ちる。

 本人がここまでやる気満々なのだ。やっぱりやめますとは、サクヤも言いがたい。

「じゃあ、流石に上の方はあれだし下の方で結んでみようかな。私って髪の毛短いから、ヘアアレンジとか久しぶりだな~♪」
「サクヤも髪伸ばせばいいと思うよ。そうしたら僕とお揃いにもできるね」

 鏡台の前にヴィルを座らせて、彼女はてきぱきと彼の細い髪をまとめていた。だが、ヴィルの言葉を聞き、その指がぴくりと止まる。
 とはいえ、それも僅かのこと。サクヤはすぐに髪いじりを再開し、ヴィルの細い金髪を首の付け根辺りで2つに結んだ。

「わあ、サクヤ上手だね」
「へへ、どんなもんでしょう!」

 手鏡を持ってさまざまな角度から自分の姿を見つめるヴィル。サクヤは胸を反らしながら彼の姿を見守っていたが、不意に視線を下にやる。

 そして、どこか落ち着かない調子で、彼女はゆっくりと口を開いた。

「あ、それとさ……。ハロウィンはいいけど、バレンタインのときはほいほいチョコあげちゃだめだからね」
「チョコをあげてはダメなのかい?」
「んんんん、あげると特別な意味ができちゃうから」

 バレンタインでは恋人にチョコをあげるという風習は日本だけだっただろうか、とサクヤは思い直す。とはいえ、特別な日に特別な贈り物をするという意味では大きな差はあるまい。
 もしヴィルがいつもの調子でバレンタインデーに見知らぬ誰かにチョコレートをあげたとしたら。そこまで考えて、サクヤは小さく頭を振った。そして、あくまで平静を装って伝える。

「好きな人、えーっと、結婚したいってくらい好きな人にあげるのはいいんだけど。それ以外だと誤解させちゃうから、良くないよってこと」
「じゃあ、やっぱりサクヤにならいいかな、チョコあげても」
「そーそー私とか……って、へ? 何言ってるの?」

 部屋の中を落ち着きなく歩き回っていたサクヤの足が、ぴたりと止まる。そうしてまるでその場でねじでも巻いたかのように、くるりとヴィルに向き直った。

「待って、ヴィル。落ち着こう? 結婚だよ、結婚。marryの方だよ? わかる?」
「marry、分かるよ。サクヤとなら結婚してもいいなあって思うよ?」

 対するヴィルは、自分がとんでもない爆弾を目の前の彼女に投げていることにも気づかずににこにこと言う。サクヤの表情は時間が止まったかのように見事に停止し、そして頬はまるで焚き火でも浴びていたかのように真っ赤になった。
 彼女がわなわなと震えていることにも気づかず、ヴィルは更に言葉を続ける。

「でもバレンタインは確か女の子から渡すんだよね。あ、僕が女の子の恰好すればいいのかな? ちょうどこんな風に髪も縛ってもらって」
「あーーーー、もう! 混乱するようなこと言った私が悪かった! それと、それなら、私から渡すから!!」

 ようやくフリーズから戻ってきたサクヤは、大きな声をあげてずいとヴィルに近寄る。

 いつも以上に気合の入った声が出てしまい、不自然に上ずってしまっているがどうしようもない。普段は全くその気のなさそうな彼に、告白紛いのことを言われてしまったのだ。ひそかに思いを寄せていた自分がこうなってしまうのも仕方ない。

「だ、だから、嫌じゃなかったら受け取ってよね!!」

 自分の羞恥が臨界点に達する前に宣言して、サクヤはその場にうずくまった。顔を真っ赤にしながら「もー、なんでハロウィンなのに私がこんなことになってるのよー」などと呻いている。

「サクヤ、なんだか大変そうだけど大丈夫かい? サクヤにチョコもらえるのは楽しみだなあ。待ち遠しいね」
「うう……頑張ってとびっきりのもの用意するから、楽しみにしててください」

 自分が彼女の心拍数を2倍近く跳ね上げていることにも気づかず、ヴィルは純粋に楽しげに彼女に声をかける。サクヤは「お菓子の勉強しないと……」などと数ヶ月後の大イベントに向けて、今から計画を打ち立てるのだった。

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