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SHORT STORY

Halloween Capriccio

With Sarah and Steve 1/2

 かつかつと靴音を鳴らしながら、眼が痛くなるような清潔すぎるほど白い廊下を行く。
 肩に軽く手をやってぐいぐいと力を込めると、気を張って固くなっていた凝りが少しほぐれた気がする。昼過ぎではあるが、今のうちにやる作業は数多ある。何から取り掛かろうかと考えていた折だった。

「やあ、スティーヴ。久しぶりだね」
「ナターシャさん!?」

 スティーヴは通りがかった銀髪の女性に声をかけられて、思索の海から顔を引き上げて相手を見る。普段この場では見慣れない女性が、ひらひらと手を振っていた。

「お久しぶりです。急にどうしたんですか?」
「いやあ、マリーに会いに来たついでに寄ってみたんだけど健在のようで何よりだね」

 彼女の言うマリーとは、オルガマリー・アニムスフィアのことだろう。先日父親でありこの施設の局長であるマリスビリーに会いに、数日単位でこちらに宿泊していたはずだ。局長の娘であり魔術師としても名家の出であるオルガマリーは、スティーヴからしたら天上人のような存在ではある。
 だが目の前の女性はアニムスフィア家とは家の関係で多少縁があるらしく、彼女自身もオルガマリーと個人的な付き合いがあるらしい。

「そうだ、サラは元気?」
「ええ。ちゃんと僕が体調管理しているのでここのところは大きな病気もしていません」
「それはよかった。今は部屋にいるの?」

 スティーヴは1時間ほど前に自分が出てきた部屋の様子を思い出して、苦笑いを混ぜながら答えた。

「寝ていると思います。昨日少し夜ふかししていたようで、少し昼寝をさせているんです」
「そっかー……。じゃあこのお菓子はあとでスティーブが一緒にあげて」

 ナターシャは、徐に鞄からお菓子の入った包みをひょいとスティーヴに渡した。何故突然彼女がお菓子をサラに渡すのか、文脈が繋がらずスティーヴは首を傾げる。

「それは構いませんが、どうしてお菓子を?」
「ハロウィンだからね、今日は」
「……ああ! 本当ですね……しまった、何も用意していない」

 スティーヴは僅かに顔を青くしながら、部屋に残している少女のことを思い出す。

 外界を知らない彼女があまり浮世離れしないようにと行事のことも教えていたが、その中にハロウィンもあったはずだ。
 そういえば、昼寝の前に妙にそわそわしていたように思う。ちらちらとこちらの様子を伺っていたのは、そういう理由だったのか。気がついたはいいものの、最早後の祭りであった。

「まあまあ。私のお菓子を渡してもいいんだよ?」
「そうですね。それも……考えておきます」

 それでも、できることなら自分で調達したお菓子を渡したいものだ、とスティーヴは思う。右から左に渡しているだけでは、サラは気づかないかもしれないが良心の呵責というものがスティーヴにもある。

「あはは。さて、マリーにも君たちにも渡せたし満足したから私は帰るね」
「ありがとうございます、ナターシャさん」

 スティーヴはひとまず目の前の女性に謝辞を述べる。ナターシャは軽く手を振りながら別れの挨拶を告げ、踵を返した。

「(次はお兄さんのところかなー)」

 ナターシャの脳裏には、こういった行事にはまるで興味のない自分の血縁の顔があった。

 彼のことだ。予め用意しているということはないだろう。これは自分が用意しておいたものを渡すしかないか、と思いつつ彼女は施設の出口へ向かった。

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