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SHORT STORY

Halloween Capriccio

With Gerda and Mel

 ボーンという時計が鐘を鳴らす音を聞き、ゲルダは顔を上げる。丁度3時を指し示しているそれを見ながら、ゲルダはふと居間の机で本を読んでいるメルにやった。
 そして、今日街中で聞いた言葉をはたと思い出し、折りよく目の前にいる彼女に声をかける。

「お姉さま、トリックオアトリート! よくわかんないけど、これってどういう意味?」
「お菓子くれなきゃいたずらするわよっていう、ハロウィンの定型句よ。ハロウィンは子どもたちが仮装して家々を回って、そうやってお菓子をもらうイベントなの」
「へえー……。お姉さまは、お菓子を持っているの?」
「私はお菓子持ってないわ。エレンなら普段はおやつに出さない、とびきりのお菓子を隠しているかもしれないけど」

 メルは顔をあげ、本に栞を挟みながら答える。

 この騒がしい妹が次に何を言い出すかは既に予想がついていたし、それなら悠長に本を読んでいることなどできるわけがなかった。

「そっかそっか。じゃあお姉さまもエレンにトリックオアトリートしに行こう!」
「そう言うと思っていましたよ」

 ゲルダが両手を広げてメルを誘うと、まるでタイミングを図っていたかのように彼女の後ろから白いメイド服に身を纏った女性が現れた。
 彼女はお盆にオレンジ色が鮮やかなタルトを載せ、呆れたようにため息をつく。

「ただでさえいたずら心満載のゲルダお嬢様にこれ以上かき回されてはかないませんので、先にかぼちゃのタルトを用意させていただきました。メラニーお嬢様もどうぞ」

 エレンはお盆を机に置き、皿をメルの前に置く。そして、向かいの席にも同じように置き、ティーポットから紅茶をカップに注ぎ始めた。
 美味しそうな香りに釣られたのか、ゲルダもそそくさとタルトの前の椅子に腰掛けて足をぶらつかせる。

「エレンはさすがね。確かにいたずらと言って何をするか分からないし、早々に脅しに屈してくれたわけだし、かぼちゃのタルト、おいしくいただきましょう」

 メルはくすっと笑い、向かい合っている妹に声をかける。ゲルダは、「はーい」とは答えたものの、少し物足りなさそうにエレンを見つめた。

「悪戯っていっても、エレンのスカートをばさばさしようかなって思ってただけなのになあ」
「それをかき回すというのです。いったい、ゲルトルーデお嬢様は何の知識を頭に詰め込んできたんですか。迷惑というものを知りなさい」
「はーい。反省してまーす」

 メイドというよりは教育係のような厳しい口調で、エレンはゲルダを嗜める。

 だが、彼女は紅茶を一口飲んだらまるで頭がリセットでもされたかのように、今度はメルを見ながら閃いたと言わんばかりに口を開いた。

「あ、お姉さまのスカートばさばさでもいいかも」
「ゲルトルーデお嬢様、後で耳をつねりますよ」
「こらっ、ゲルダ! お家ではいいけれど外でやったら承知しないわよ!」
「メラニーお嬢様、家の中でもダメですからね」

 ゲルダの視線に気がつき、メルは慌ててスカートを抑える。エレンの注意を聞きながら早速タルトを食べ始めた妹をじーっと見つめる。

「スカートめくりなんて男の子じゃあるまいし……。ナオの影響……?」
「え? うーん……そうかも? でもエレンのスカートってふわってしてるから、ばさばさしたくならない?」
「なるわけがありません。そうですよね、メラニーお嬢様?」
「それは……」

 ゲルダに言われて、メルはエレンに視線をやる。

 アインツベルンのメイド服のスカートは、布もたっぷり使われており、風が吹けばふわりと翻ることも知っている。また、何よりメイド服とはいえ、機能性に優れながらも優美さも兼ね備えたものだ。ゲルダが尋ねる意味とは異なる意味でメルとしても気になるものであった。

「でも……ちょっと、分かるかも。エレンの格好可愛いし……。そういえばハロウィンって仮装するのよね? 私ちょっとエレンの格好してみたいわ。ゲルダもそう思わない?」
「賛成! お姉さま、それすっごく名案!」

 ゲルダとメル2人の視線を受けて、エレンは少し困ったように眉尻を下げた。あくまで自分の仕える主人に、自分と同じ召使の格好をさせるというのは些か抵抗がある。
 だが、当人たち自らが望んでいることでもあるし、ここまで乗り気になられていては逆に断る方がメイドとして失礼なようにも思う。 

「……仕方ありませんね。お二人のサイズがあるか探してきます」
「私はいいけど、お姉さまのサイズのメイド服ってあるの?」
「アインツベルンのメイドたる者、その程度の準備できなくてどうします?」

 首を傾げるゲルダに対して、エレンは胸に手を軽くあてて、やや仰々しいくらいのお辞儀をしてみせる。そして、メラニーに向きなおり、己の案を口にする。

「メラニーお嬢様の許可さえいただければ、お嬢様があまり着ない私服を錬金術で変換いたします。よろしいでしょうか?」
「schön……! ナイスな提案よ、エレン! 私は普段こんな系統の服しか着ないもの。楽しみだわ!」

 メルの着ている服はフリルも多く華やかさは十分にある服であったが、エレンの着ているようなシンプルだが美しさもある服とは趣を異にするものであった。
 だからこそだろう、普段と違う『仮装』に胸躍らせる彼女を見てエレンは僅かに微笑を見せた。

「喜んでいただけるのなら光栄です。それでは、支度いたしますので失礼します」

エレンが一礼をしてその場を立ち去るのを見送りながら、ゲルダは姉同様声を弾ませる。

「そうだ、お姉さま! 折角メイドさんになるんだから、メイドさんになってエレンのお仕事先回りしてやってみようよ。それで、びっくりさせるの!」
「いい案ね! お仕事するなんて初めてね。お部屋のお掃除と、お洗濯と、あとは夕飯を作ったりね。全部終わっちゃってたら、きっとびっくりするわ!」

 2人は顔を見合わせてくすくすと笑う。

 生まれたときからお嬢様という立場であったこそ、2人にとってはエレンのしている仕事も未知の領域のものだった。
 仮装だけでない、お手伝いという『トリック』でエレンが驚く姿を想像しながら、彼女たちは今は彼女に貰った『トリート』に舌鼓を打つのだった。

 

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