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SHORT STORY

Halloween Capriccio

With Oz and Dion 1/2

 ガリガリと筆記具が紙を擦る音だけが響く執務室。

 その扉を音高く開いて、1人の青年が入ってきた。

「ソフィアさんハッピーハロウィン! っちゅーことでおかしくれんといたずらしますよ!」

 黄金色の瞳を子供のように輝かせ、ラテン訛りの強い英語がまさに執務の真っ最中の女性の耳に飛び込んでくる。
 だが、女性の方はどこかやつれたような顔で、覇気があまり感じられない声で返事をした。

「月末にそんな悠長なこと言ってられるほど、ここは甘いところじゃないのよ……。覚えておきなさい」
「お、おお……すんませんでした」

 悲壮感すら感じられる声で返されてしまっては、さすがの青年――アダンも謝罪するしかない。先の勢いはどこへやら、ぺこりと頭を下げている。

 すると、再び扉の開く音が背後でした。アダンとソフィアがそちらに顔を向けると、そこには黒一色と言って相応しい格好の男性がいた。
 年の頃は本人申告なら30であるはずだ。だが、澱んだ泥のような沈みきった瞳と眉間の皺が、実年齢に10は上乗せした年であるかのような錯覚を覚えさせる。

「アダン、報告書はできているんですか。月末は締め切りの書類が山のようにあるんですから、締め切りは守ってください」
「げっ……いやあ、それはまだ」

 アダンは先日の活動の報告書がまだ手付かずなことを思い出して、顔を引き攣らせた。
 どちらかというと雑務よりは調査などの手を動かすことが彼は多い。故に、報告書という手を動かす作業を不得手としていた。
 かと言って、同行者であった目の前の男性――オズワルドに依頼などしたらゴミでも見るような目を向けられること間違い無しだろう。

「まったく、私の家にはあなたのように菓子をたかりにくる子供がいなくてよかったです。……菓子をたかられている大人なら、いるのでしょうけれど」

 オズはため息をつきながら、自分より年長者である割に同居人の子供に散々からかわれている男の姿を思い浮かべた。今頃、本人の意思などお構い無しにお菓子を全て強奪されていることだろう。

「オズさんって1人暮らしやないんですね」
「私の家のことではありませんよ。それより、ソフィア。その書類で最後ですか。できたならさっさと済ませて、帰ってくださいよ」
「はい、これで完了です」

 ソフィアは自分のサインをさらさらと書いた後、オズに渡した。彼はそれに軽く目を通し、ため息を1つつきながら封筒に入れて封をする。人差し指で封の部分を軽く弾き、魔術的処置を施すのも欠かさない。

 本来ならコンピュータを使えばパスワードという電子錠1つで済ませられる作業だが、魔術師は機械に疎いものが多い。結果、アナログな媒体で未だにやり取りをすることが多く、紙に残しておく方が後々困らないということになっていた。
 ソフィアは席を立ち上がると、未だ仕事を積もらせているアダンを見る。

「私の今日の分は終わったので、帰るわ」
「そんなー!」
「あ、飴があったわ。これあげるから頑張りなさい」

 ソフィアはポケットから飴を取り出すと、アダンの掌に落とす。そして、鞄を片手にさっさと執務室から出て行った。
 残されたアダンは、現実逃避を続けようと言わんばかりに封筒をファイルの中に仕舞っているオズに話しかける。

「オズさん、さっき言うてた話ですけど、私の家じゃないってどういうことなんですか……?」
「私が頻繁に邪魔させてもらってる家に大きい子供と小さい子供がいるということです。家主の大きい子供が、よくたかられているんですよ」
「あぁそうなんですね。大きい子供って、哲学やな……」

 あなたも大きい子供みたいなものでしょう、とオズはアダンに聞こえない程度に呟く。アダンと会った頃も、そして何年も経った今でも性格というものは変わったようには見えなかった。

 "What is learned in the cradle is carried to the tomb."

 ゆりかごで覚えたことは墓場まで運ばれる。つまりはそういうことだった。話題の『大きい子供』も10年前もそれよりも前も変わらず、全く変わらない青々しさと若々しさを見せている。
 ――だからこそ、興味が持てるというものなのだが。

「もっとも、あれはあれで私にたかってくるかもしれませんが」
「オズさんがお菓子たかられてんの想像できへんのですけど! 逆におもろい気がするわ」

からかい混じりのその声を聞きながら、オズはファイルをバタンと音高く閉じる。

「……あなたはどうやら、口だけしか今日は回らないようですね。突っ立っているだけならさっさと帰ってください。残業代は、立ってるだけの人に出すつもりはありませんよ」
「はーい、帰りまーす」

 有無を言わさぬ口調で告げられて、先の勢いはどこへやら、アダンはたじたじになる。曖昧な笑みを浮かべながら自分の荷物を取って部屋を出た。
 残されたオズは時計を見て、アダンの残した仕事を片付けるか、と嘆息する。

 どうせ、この状況も『どこかで見た』ものなのだからと思う。

 そのような思いすらも意識の埒外に追いやって、オズは書類を手にとった。

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